古民家鑑定所株式会社

月ヶ瀬尾山にある高野山真言宗の真福寺は月ヶ瀬梅林発祥の地と言われています。

 

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月ヶ瀬は明治時代以前には、若い梅の実の燻製で紅花染めの媒染剤とした烏梅(うばい)の一大生産地であり、月ヶ瀬梅林は烏梅の原料となる梅の実を収穫する用途で規模を拡大していきました。最盛期の江戸時代には10万本の梅があったとされています。しかし20世紀に入ると合成染料の発達により、烏梅はほとんど生産されなくなり、月ヶ瀬梅林は観光資源としての利用や食用の青梅の栽培に転換されました。

 

深い渓谷にある月ヶ瀬には耕作地として利用できる土地が少なく、年貢米を納める余裕がなかったため、換金作物としての烏梅の生産は急速に普及し、15世紀ごろにはこの地一帯は烏梅を作るための梅林で埋め尽くされたと言われています。

 

境内には“姫若の梅”と呼ばれる梅の木があり、次のような石碑が添えられています。

 

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元弘二年(1331)後醍醐天皇が笠置山に遷幸されし折り、この地に難を避けるべく逃げる途中、 生根尽き園生森でたおれていたところを村人に助けられ、姫は村人に感謝し、真福寺の境内に 梅の木を植え烏梅(染色の原料)の製法を教えたのが梅林の始まりとされる。